悪魔パガニーニの逸話まとめ!生い立ち・生涯や性格&有名な楽曲

こんにちは、ピジョンです!

今日は悪魔とよばれた天才音楽家パガニーニについて、その生涯や生い立ち、逸話などについて紹介していきます。

パガニーニを題材にした映画も公開されていることもあり、若い世代からも人気を集めています。

パガニーニの超絶技巧といわれている楽曲を多角的に楽しむために、この記事が役立つことがあれば幸いです。

それではさっそくみていきましょう。

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悪魔に魂を売った天才音楽家パガニーニ

パガニーニ

ニコロ・パガニーニはイタリアのジェノバ出身のヴァイオリニスト・ギタリスト・ヴィオリストで、作曲家としても有名です。

1782年10月27日生まれで1840年5月27日に死去しています。

超絶技巧のヴァイオリニストとして非常に有名で、現在でも多くのヴァイオリニストの練習曲としてパガニーニの楽曲が用いられています。

パガニーニのヴァイオリンの演奏技術はその上手さから「悪魔に魂を売った代償により手に入れたものだ」と噂されていました。

また彼は目が細く、鋭かったことからも人々は本物の悪魔であると信じていたようです。

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パガニーニの性格・人物像

パガニーニの性格は、無礼、冷酷、きまぐれ、金銭に汚いものであったと言われています。悪魔と言われたぐらいですから、だいぶ主観の入った評価がもとになっているはずです。

青年時代は非常にギャンブル好き、恋愛好きの性格でした。

演奏会の前日に賭博で大敗し、商売道具のヴァイオリンを取り上げられたこともあります。

また自分の利益に強欲であったとも言われています。

人気がでるにつれ演奏会のチケット代をより高額にしたり、偽造チケットを防ぐために自ら会場の入り口に立ち、チケットをチェックしたといわれています。

演奏を聴いて結婚を申し込んできた女性に対して、「演奏をタダで聞くつもりだろう」と追い返したという話もあります。

パガニーニの生い立ちや生涯

パガニーニは1782年に生まれて、5歳からヴァイオリンを弾き始めたと言われています。そして13歳には学ぶ技術がなくなったと言われています。

少年時代から非常に病弱でした。30歳後半から毒素を抜くために下剤を飲み始めます。

その2,3年後、40歳を過ぎた頃に梅毒と診断されて水銀療法とアヘンの投与が開始されました。

その5年後には結核と診断され、塩化水銀を飲み始めました。その結果、水銀中毒が進行し、ヴァイオリンの演奏ができなくなりました。その影響で、1834年ごろに引退しています。

その後、1840年に水銀中毒が原因である慢性腎不全や上気管支炎、ネフローゼ症候群によりフランスのニースで死去しています。

死後は56年間迫害され埋葬されずにさまよい続けました

前述の通り、パガニーニは悪魔であると信じられていたからです。最終的にローマ大司教から埋葬許可がおりて、パルマのヴィレッタ共同墓地に安置されています。

パガニーニの逸話

G弦だけで演奏

ある日パガニーニがその豪快な演奏をしている時、ヴァイオリンの弦が次々と3本切れていき、G弦の一本のみになってしまったことがありました。

しかし、そんなハプニングにも関わらず、パガニーニは演奏を一切とめず、調弦や移調、転調を瞬時に行い、最後まで演奏しきったという逸話があります。

この逸話にも別説があります。パフォーマンスの才能があったパガニーニが、爪を鋭く伸ばしてわざと演奏中に弦を切ったとも言われています。

弦が頻繁に高い方から切れていったこと、G弦は決して切れなかったことがその疑惑を生んだ理由です。

楽譜は直前配布、即回収

パガニーニは自分の技術や技巧、旋律が奪われることを非常に嫌っていました。彼の作品のほとんどは出版されなかったですし、楽譜もほとんどが彼の死後に遺族が処分しています

自分の楽譜の管理は徹底しており、オーケストラに楽譜の配布するのも数日、もしくは数時間前であったといいます。

さらに、オーケストラの練習でもソロパートは弾かなかったそうです。そして、本番の演奏が終わると有無を言わさず楽譜を回収したそうです。

クギが刺さったまま演奏

パガニーニは本番前に思わずクギを踏み抜いてしまったことがあったようです。

しかし、彼はそのままステージにあがり演奏を始めました。それは自分に足がついていることを証明するためだったとか・・・

なぜなら彼はその技巧と容姿から悪魔であると恐れられており、足元ばかり注目する人が多くいたからです。

人々はパガニーニに足はちゃんとあるか、宙に浮いていないかを疑っていたんですね。それに反論するために足にクギを刺したまま演奏したんですね。

その不気味な姿を想像すると、まさに悪魔の証明だな・・・と感じてしまいます。

国王のアンコールを拒否

パガニーニの演奏をサルデーニャ国王が見にきたことがありました。

その際に国王はアンコールを求めましたがパガニーニはきっぱり断ったそうです。

そのため二年間国外追放になりました。

国王のアンコールを断った理由は、パガニーニのポリシーとして絶対にアンコール演奏をしなかったからです。

前述した通り、自分の技巧を奪われるのを強く嫌っていたからですね。その意志の強さがパガニーニの性格を表しているかもしれません。

映画【パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト】

パガニーニの生涯を描いた映画「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」は本当に面白いです。

数々の逸話も映像で再現してもらうと、非常にイメージしやすく感情移入してしまいますね。ぜひ一度見られてみることをオススメします。

主演のデビット・ギャレットはファッションモデルとしても実績のあるヴァイオリニストです。有名バンドメタリカののアルバムでもヴァイオリンを演奏しています。

この映画を見るとデビット・ギャレットの魅力も十二分を感じることができますので、様々な角度から楽しんでみてください。

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パガニーニの有名な曲

パガニーニの一番有名な楽曲は傑作「24のカプリース」です。カプリースというのは奇想曲を意味しています。

ショパン3世は「あれはまさにパガニーニの気まぐれだ!訳すならば24の気まぐれが正しい。」といっています。

個人的には僕もカプリースは気まぐれと訳した方がしっくりきますね。

  

どうでしたでしょうか。パガニーニの楽曲に込められた魂を理解しようとするのも彼の音楽を楽しむ形の1つです。

ぜひ、この記事の内容を踏まえたうえで改めてパガニーニの楽曲を楽しんでみてください。

それでは今日はこのへんで。

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